7月13日 その2

7月13日(水) フィレンツェ

ピッテイ宮殿
目の前が突然開けた。ピッティ広場だ。なだらかな斜面になっていて、その上に堂々たるピッティ宮殿が建っている。高さはそんなに無いけれど、さすがは歴代のトスカーナ大公が住んでいた宮殿だけあって重々しい雰囲気がする。写真を撮りながら少しずつ宮殿の壁近くまで寄った。窓の下には、それぞれ表情が微妙に異なるライオンの彫刻があった。どのライオンも王冠を被っている。幾つか見比べて気に入ったのを見つけて何枚か写真を写した。母は母で、宮殿前に可愛らしい車が停まっていたので、その前で写真を撮ることに。いかにも「私の車よ」と言わんばかりの表情で写真に納まっていた(笑)。チケット売り場は入口を通り過ぎて建物に向かって右側にある。幸いなことにこの日はそれほど行列が出来ていなかった。でも、予約をしていないときに限って物凄い行列なんだろうなと思った。この広場は炎天下だから、行列が出来ていたら大変だったと思う。

大きな宮殿です これは結構ハンサムなライオン この車だったら欲しいなぁ〜
ピッティ宮殿 外壁のライオンの彫刻 母(初公開!)と車

まずは予約してあるパラティーナ美術館のチケットとボーボリ庭園のチケットを購入。入口に向かっている途中、下からの照り返しと直射日光で汗を物凄くかいてしまった。中では絵画が陳列されているので、飲めないかもしれないと思い、入口のところで水分補給。
入口を入ると中庭が正面にある。中庭の突き当たりの階段からボーボリ庭園へ行けるらしい。ちょうど中庭ではオペラのコンサートに向けての舞台の設置をしていた。何故か舞台を覆う布の色は紫。日本だと高貴な色といわれていたけれど、こちらではどうなんだろう?中庭の写真も何枚か写したので、いよいよ宮殿内へ入る。

パラティーナ美術館
ピッティ宮殿中庭ピッティ宮殿の2階にあるパラティーナ美術館(パラティーナ="王宮の"という意味)はラファエロを始めとした美術品の宝庫だ。メディチ家とハプスブルグのロレーヌ家が財の限りを尽くして収集したり、あるいは画家達のパトロンとなって描かせたものが集められている。前回(2004年2月)にフィレンツェに来た時は、どちらかというとヴェネツィアのカーニバルがメインで、フィレンツェは「ついでに寄った」という感じだった。そのため時間的余裕もなかったので、パラティーナ美術館へは足を伸ばしている余裕がなかった。フィレンツェの素晴らしさを肌で感じて、いつかまたフィレンツェに行くことがあったら、もう少しゆっくりと色々と見て歩きたいと思っていたその念願が今回叶うことになった。ウフィツィ美術館は勿論だけれど、このパラティーナ美術館も必見の価値があると思う。ただし、ウフィツィ美術館と違って年代順や作者毎に分けられているわけではないので、やや見辛いと言えば見辛い部分もあるけれど、それを差し引いても有り余るほどの感動を覚えると思う。TV番組や本などで紹介されているけれど、ここにはラファエロの代表作が幾つもある。宮殿の中も素晴らしいのに、更にそれプラス沢山の見事な絵画。もう、言うこと無しである。

階段を上がって2階へ。いよいよ、中へ入るのかと思うとワクワクする。ここでも公式ガイドブックを買い込んだので、各部屋の解説は勿論のこと、主だった絵画の説明を見ながら進んだ。まずは一番最初に目についたのは、天井の漆喰の装飾や天井のフレスコ画。殆どが黄金で埋め尽くされているさすが宮殿と唸ってしまう。眩いばかりだった。ガイドブックの見取り図を見ながら自分のいる部屋の名前を確認しながら見て歩いた。どの部屋も神話に因んだ名前がついていて、その由来となった天井画を見るのも素晴らしい。部屋はそれぞれに壁の色や違っていて、部屋から部屋へと移る度に感嘆の溜め息が出てしまう。絵画がなくても充分に建物を見るのを楽しめる。それなのに、壁一面、所狭しと掛けられた数々の絵を見ると、これはまさに言葉を失ってしまうばかりだった。絵がありすぎて、落ち着かない感じもしなくもないけれど、そうでもしなければ展示しきれないのだろう。

あの絵も、この絵も、と有名な絵が何気なく飾られていている。そんなに沢山ある中でも、やっぱりラファエロの絵は一際目を引いた。他の絵だって充分素晴らしいのだけれど、彼の絵は一段上の世界にある感じがする。例えると…彼の絵だけが生きていて、他の絵は死んでいるとまではいかないが、止まってしまっているかのような感じだ。絵そのものが浮き上がってくるような感じに見えた。幼子イエスは愛くるしく、聖母マリアは儚げで慈愛に満ちていた。後光を描かなくても自然とそれを感じられるほどだった。ルネサンスという大きな時代の流れをどの絵にも感じられた。

ここで私があの絵も良かった、この絵も良かった、と名前をあげ始めたら、キリがない。それに、絵だけは好き好きがあるし、専門に勉強しているわけではないので、敢えてコメントは載せないことにする。それに、何度も言っていることだけれど、芸術の素晴らしさは言葉で感じるものではなく、見ることによって肌で感じてくるものだと私は思っている。誰かがいいと言ったから…ではなく、自分の感性でその素晴らしさを感じとるべきだと思う。また、その素晴らしさは、言葉ではとても言い尽くせないものでもある。だから美術館などは、ホントに美術を観賞したい人だけが行くべきであると思っている。ツアーで「日程に組まれているから興味もないけど仕方なく行った」というのは邪道だと思う。それらの「別に見たくもないけど行った」人達のせいで、心の底から見たいと思っている人達が予約も取れずに締め出されてしまうのだから。

話がずれてしまったけれど、たった1点だけ、どうしても感想を言いたい絵がある。ティツィアーノの『マグダラのマリア』だ。豊かな金髪で身体を覆い、上を見上げるマリア。元は娼婦だったと言われる彼女の官能的であって、瑞々しく生き生きとしたあの表情はなんとも言えないものを感じた女性としての光(聖女としてのマリア)と影(娼婦の頃のマリア)の部分を併せ持ち、それを上手く消化出来ている唯一の像だと思う。これは聖母マリアには見られない最大の特徴だと思う。

国王夫妻の居室
美術館を見終わった後はそのまま続いて国王夫妻の居室を見た。こちらはまさに豪華絢爛そのもの絹張りの壁の色によって部屋の呼び名が決められたりしているが、他には呼びようがない感じだ。壁、調度品、壁に掛けられた少なめの絵画、煌びやかで華やかでなんとも言えない。調度品も細かい装飾がなされていて、実用品として使うのが勿体ないくらいの「美術品」だった。もっとも、そんな風に思うのは我々のような一般庶民の考えであって、王侯貴族にとっては、ごく普通のものだったのだろうけれど。部屋を通り抜ける度に壁の色が変わり、部屋の様子も一変する。目まぐるしい感じもしないでもないけれど、使う人が王妃だったり、国王だったり、それぞれの使用目的によって異なるので、それはそれと納得できなくもない。ただ、私が感じたのは、やはり国王の居室は威圧感と華やかさが同居しているということだった。それに比べ王妃の居室の方は、やや落ち着いて控えめな感じがしないでもない。

国王夫妻の居室を見ながら、ふとヴェネツィアのカーニバルの仮面舞踏会での状況が目に浮かんだ。あのような着飾った人達が笑いさざめき歩いていたのだろうかと…。一度でいいからこういった豪華絢爛なところに寝泊まりしてみたいと一瞬そんな考えが頭を過ったけれど、憐れな一般庶民のことだから、おそらく落ち着かずに夜を過ごすことになるだろうと思い直した(笑)。

美術館の中をくまなく歩いたので、大層疲れた。お昼も過ぎたことだし、1階にカフェテリアがあるので、そこで休憩がてら軽食でも…ということになった。

やっぱり、東洋人は…
カフェテラスは外にもテーブルがあったけれど、ともかく暑いので、中の方がクーラーが利いてるだろうということで中へ入った。中は、料理が入っているショーケースと、レジ、バールのカウンターとテーブル少々。カメリエーレ(ウェイター)は2人くらいしかいない。待っていても全く案内されないので、とりあえず空いている席に座った。メニューがテーブルの上にあったので、見るといくつかのセットメニューがあった。だが「パスタとサラダ」とかって言う感じで大雑把すぎてさっぱり判らない。周りを見ると、ショーケースのところに何人か人がいるので、ここは注文を取りに来なければ、自分達で実物を見ながらオーダーしていいのかしら?と思いつつレジのところへ。前にいた人はレジのカウンターのところにいた女性から料理を受け取っている。そこで私も続いて頼もうとしたら「ダメ」だと言う。「オーダー取りに行くまで席にいて」とのこと。

ちょっと、なんで〜〜?!仕方なく一旦席に戻って、通りかかったカメリエーレに声をかけた。肯いたけれど、一旦外に行ってしまった彼はなかなか戻ってこない。暫くして戻ってきたかと思うと、お客を連れてきて料理を見せている。他にもっと人はいないの?と思って見ると、バールらしいカウンターの中に1人。なんやら飲み物を作っている。合図したけれど見ているのに知らんぷり。ここで、なんとなくいや〜な感じはしていた。でも、人数が少ないから仕方ないのかなぁと半分諦めたりして待っていた。私に肯いた彼は他のお客の相手ばかりしている。隣のテーブルにはデザートを持ってきたりもしているけれど、相変わらず私達のテーブルには来てくれない。10分以上待った。いくらなんでも待たせすぎ。お腹も空いてきたし、半分イライラしてきた。そこで母にサンドウィッチ(といっても日本で食べるあの三角のではなく、どちらかというとべーグルに近い)があるので、テイクアウトしようか?と提案した。ボーボリ庭園のベンチでなら食べることが出来るかもしれないと思ったからだ。そこで、再度レジの女性のところへ行って「テイクアウトしたいのだけれど」と言ってみたら、またもや「ダメ!テーブルにいて!」の一点張り。ちょっと融通が利かないわねぇと思いつつ再度席に着いた。

どういうこと?(怒)そのうち、アメリカ人らしい女性の団体が入ってきて、レジのところでなんやら話をしている。見ているとテイクアウトの交渉らしい。私に「ダメ」と言ったので断るのかなぁと思って見ていたら、何回か言い合いをしていたけれど、結局渡していた。なんだよぉ〜!出来るんじゃん!あの人達に売るんだったら、私も同じことを要求してもいいはず、と思ってまたもやレジへ。たった今、目の前でテイクアウトしていくのを見ていたので「テイクアウトしたいのだけれど」とまたもや「ダメ!」の一点張り。「なんで?」と聞いたけれど、ペラペラとイタリア語でまくし立てるだけ。

ムカついた!火を吹く管理人同じことを要求しているのに、何故私には認めないのか納得いかなかった。さすがに、私もここでプッツン!やっぱり私が東洋人だから、蔑視をしているに間違いないと確信した。明らかに差別をしているのがハッキリと判った。案外「あの東洋人達にはオーダーも取りに行かなくてもいいわよ」と陰で言っていたのかもしれないとまで思えてきた。あまりにムカ〜と来たので「アンタ感じ悪い!」っていうイタリア語の単語をコロッと忘れてしまった。忘れさえしなければ、その言葉を捨てゼリフにして店を出たのだけれど。黙っているのもムカついたので「You shit!(=くそったれ!)」とだけ悪態をついてきた。そのまま母の待つテーブルに戻り「ここは出よう!お昼なんて遅くなってもいいでしょ?同じことを要求しているのにアメリカ人は良くて、東洋人の私達はダメだなんていくらなんでも酷すぎる!」と言って、早々に母を連れて外に出た。

怒ってます〜!外のテーブルを見ると、パラパラとしかお客がいない。一体、何を接客しているんだか!(怒)それに、あの女の店員。こういう世界中から集まるところなんだから、イタリア語だけで押し通すんじゃなくて英語も喋れと思った。美術館側も英語を話せる店員を使え!とも思った。せっかく美術を堪能して気分良くいたのに、一瞬にしてぶっ飛んでしまった。まだまだヨーロッパには東洋人蔑視があるとは聞いていたけれど、まさかこんな観光地の、それも世界中から人が集まる公共の場所でされるとは思いもしなかった。くそ〜!絶対にイタリア語堪能になってやる!と心に誓った(今回の旅の間、2回目)。

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