7月15日 その3
7月15日(金) フィレンツェ → ヴェネツィア
車窓と人を楽しむ
トンネルも減ってきて外の景色が楽しめるようになった。なだらかな濃い緑の丘陵地帯と真っ青な空。小高い山の上にも家がポツンポツンと建っているのが見えた。列車が移動していくに連れて、そんな景色が、平坦な土地が開け、トウモロコシなどの一面の畑に変わっていった。飼料用に草を刈り、丸めて畑にアチコチに転がっている風景は、夏場ならではの景色だった。当然と言えば当然なのだけれど、冬と夏とでは景色がまるっきり違う。日差しの強さも違い、空の色も違うけれど、それよりも圧倒的に違うのは大地の色だった。冬場で緑と言えば、糸杉のような針葉樹だけで、あとは一面の焦げ茶色と言ってよかった。それが、夏場は濃淡の違いこそあれ、緑で覆われているのだ。そして、ちょっとでも家があれば、必ずと言っていいほど花々が植えられていて、色鮮やかに咲き誇っている。それが『夏のイタリア』の景色だった。
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| 一面のトウモロコシ畑 | 糸杉の木 | 刈られた牧草 |
通路を挟んだアメリカ人らしいご夫婦も最初はおしゃべりをしていたけれど、そのうち奥さんは「Venice(=ベニス。ヴェネツィアの英語表記)」と書かれた本を読み始めた。すると自分の時間を持て余した旦那さんはこっくりこっくりと眠り始めた。最初は下を向いて寝ていたのだけれど、頭が揺れて椅子にもたれかかって上向きになった(らしい←この辺りは見てなかったので推察)。静かな車内に突然「ンゴ!」。一瞬のいびきにビックリして振り向くと、向かい合って座っていた奥さんと目が合ってしまった。本で顔の下を覆って、目から上だけ覗かせている。そのうち再び「ンゴ〜!」。笑うと起してしまうから気の毒なので、ニヤニヤしながら「ビックリした」って感じの表情を奥さんにすると「ねぇ〜!」って感じの表情が返ってきた。ダンナさんのいびきに悩まされるのは世界共通のようだ(笑)。
なんとなく小腹が空いた感じ。朝食に出ていたマフィンを持ってきたので食べ始めた。すると、微かな甘い香りが漂ったのかもしれない。いびきをかいている男性と背中合わせに座っていた若い男性が、やおら立ち上がり、リュックの中をゴソゴソし始めた。私は彼の背もたれの後ろに自分のキャリーケースを突っ込んであるので、邪魔にならないかどうか見ていたのだ。彼がバッグの中から出したのは、なんと!大きなサンドウィッチだった(笑)。直径20cmくらいはあったと思う。物凄い勢いで食べ始め、あっと言う間に平らげてしまった。(注:別に食べたくて見ていたわけではなく、ともかく大きいなぁと思って眺めていたホンの僅かな間の出来事でした)。
列車の旅は車窓も楽しめ、人を見ているのも結構面白い。でも、そのうち揺れが心地よくなり、しばし夢の世界へ突入。
30分ばかりウトウトしただろうか?目を覚ましたら、まだ陸地を走っていた。良かった。アドリア海を渡っていく瞬間だけは見逃したくなかったのだ。車内放送が流れて、まもなくメストレだと言う。ヴェネツィアの大陸側の駅だ。ツアー旅行の場合だと、ヴェネツィア本島だと料金が高くなるので、このメストレ辺りに宿泊のパターンがかなり多い。
いよいよヴェネツィアへ
メストレの駅で降りた人は殆ど居なかった。みんなそのまま座っている。7月半ばだし、もうバカンスシーズンに入っていると言えば入っているから、みんな(私達親子を含め)ヴェネツィア泊なのかしら?
母に「間もなく、アドリア海が見えてくるからね。TV番組で見たように、海の中を一本の橋が渡っていて、そこを電車と車が走ってヴェネツィア本島へアプローチするからね」と話した。そう言っている間にも、海がチラッ、チラッと建物の合間や道端の草の間から見えてきた。
そして…さ〜っと左右が開けて、海になった。いよいよヴェネツィアに入るのだ。海は青く、キラキラと光っている。母はウットリと車窓を見ている。トスカーナの丘陵地帯とエミリア・ロマーニャからヴェネトにかけての田園地帯、そしてヴェネツィアの海と車窓を楽しんだと思う。飛行機は時間の短縮という面ではいいかもしれないけれど、出来ることなら電車に乗って移動というのもかなりいいものだと思う。以前から列車の旅というものに憧れていた母なので、今回実現できて本当に良かったと思った。最初はフィレンツェだけの旅行にしようかとも思ったけれど、やっぱりヴェネツィアまで足を伸ばして正解だったと思う。
「ヴェネツィアは車が走れないけれど、隣を走っている車はどこに行くの?」と母からの質問。私も実際に見たことではないのだけれど「Uさんから以前聞いたけど、ローマ広場というところに駐車場が有るので、そこに停めることになっているんだって」と答えた。島にかなり接近してから向かって右手の方を見ると、立体駐車場のような建物が見えてきた。おそらく、その建物が駐車場なのだろう。また、その近くには豪華客船が停まっていた。クルージングツアーの日程をパンフレットなどで見て知っていたけれど、どこの辺りに停まるのだろうかとかねてから思っていたのだ。ヴェネツィアのサン・マルコの方はあまり水深が深くないはずなので、大きな船はかなり航行が大変なはず…と思っていたが、これで問題解決。まさしく『百聞は一見に如かず』だ。
サンタ・ルチア駅にて
ヴェネツィア、サンタルチア駅に到着。隣に座っていた人達を先に出してしまう。そうすれば、気を使うことなく済む。終着駅だからそんなに急いで降りなくても、大丈夫なので、多少人が降りてから、ゆっくりと電車から降りた。降りたとたん、なんとなく潮の香りがした。ホームには人が溢れかえっていて、ゾロゾロと出口に向かっていた。
ヴェネツィアの駅、サンタルチア駅からは、サン・マルコ広場までは水上バスで移動の予定でいた。大体30分くらいはかかる。そのため、念のために駅でトイレに入ってから向かうことにした。駅にある有料トイレは、かなりキレイだし、安全なので母にも入っていくように勧めた。途中で行きたくなっても、水上バスにはないし、降りてからもそう簡単に入れるわけでもないからだ。
入口のところで、料金分(70セント)のコインを入れると、自動で扉が開き、中に入ることが出来る。但し、お釣りが出ないので、ちょうどの金額を入れなくてはならない。その為、入口のところには「1ユーロの両替機」があった。このトイレに入るためだけの両替機なのだ。但し、同じコインでも2ユーロはここでは両替出来ない。
荷物が邪魔なので、交代で入ることにした。入口の外で荷物をまとめて置いて、片方が見張っていればいいのだし。まずは母から入ったので私は外で荷物と一緒に待っていた。すると、日本人女性が2人やって来た。有料と判るとお金をゴソゴソと出して両替していた。ところが機械が反応せずに返却口に戻ってしまう。どうやら2ユーロ硬貨を入れていたらしい。機械にはそんな説明などは書いてないので「1ユーロ硬貨でないと両替できないようですよ」と声をかけた。「あら〜!そうなんですか」との返事が返ってきて、お財布の中を探していた。しかし、生憎1ユーロ硬貨の持ち合わせがなかったようだった。
そんな様子を見ていたので、私は自分の小銭入れの中を見てみた。自分の分は70セントあるから大丈夫として、その他に1ユーロが2枚あるか探してみたら、あった。「2ユーロを1ユーロ硬貨に両替できますよ」と言うと、彼女達は大喜びで交換。そして両替機で崩して、彼女達も順番に入っていった。お礼を何度も口にするので、なんだかむずがゆい感じもした。「同じ日本人だし、困っているときはお互い様ですよ〜。トイレばかりは我慢できないときもありますからねぇ〜」と答えて、暫くお喋り。彼女達もフィレンツェからやって来たそうだけれど、イタリアに短期留学している友人がいて、ずーっと案内してもらっていたので、2人だけの行動はヴェネツィアが初めてになるという。1人は金沢からで、もう1人は東京からだった。母が出てきた。私が知らない人とお喋りをしているので不思議そうな顔をしながら母は挨拶したので「小銭がなくて困っていたので両替をしてあげたの。で、こちらも交代で入っているからお喋りしていたのよ」と簡単に話した。入れ替りに私が入り、母がお喋りを続けた(笑)。
出るとみんな揃っていた。「この後はどうされるんですか?」と聞かれたので「ちょっと小腹も空いたから、もしかしたら何か食べてからサン・マルコ広場へ向かうかも?」と言って一旦は別れた。その後、母に「お昼どうする?」と聞いたら「荷物が邪魔だから、やっぱり先にホテルへチェックインしてからゆっくりしたい」との事だったので、彼女達の後を追った。すぐに追いついたので「やっぱり私達も一緒しますので、お喋りしながら行きませんか?」と誘い、「旅は道連れ」ってことで一緒にサン・マルコ広場まで行くことにした。
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